無題 nov2.2018

24で家を出た時、〝もう24だぜ。今更〝、と思った。
アパートでの初めての一人の夜、自由を実感した。
自由という時間を感じられたのは後にも先にもこの一瞬だけだった。

53の今、〝もう53だぜ。マジかよ〝、って思う。
まだ、じゃない。もう、だ。

羨んだりやっかんでみたりの繰り返しが哀しいかな、自分の個性になってしまった。

それくらいは自分でも解っている。

昔は若さで乗り切ったフリをして曖昧なままにして敢えて拘らず散々やり過ごしてきた物事にとっくに中年の今、立ち止まってムキになって時に無理矢理向き合っててシンドくて自己嫌悪に陥ってそれでも言い聞かせるように踏ん張ってるつもりだけど。

答えは見つからないどころかますます複雑になっていく。自分で複雑にしてんのかもしれない。らしい。

でも譲れないよ。ますます意固地になるけど。

良いも悪いも今解ってる事〜

もう53だぜ。

もう。

それだけ。

それが現実。

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# by hagiryohagiryo | 2018-11-02 16:01 | 日記 | Trackback | Comments(0)

今月はこちら一度も更新せずでとりあえずの今決まっているハギリョウLIVE情報でも。ご興味ありましたらご覧下さい。そして気が向きましたら足をお運び下さいませ。
因みにハギリョウはいつものトリオで毎回名前を変えて出演します(爆)

♬11月18日(日)14:00〜
西荻窪cafe bar Zigi Anabelle
我らが青春!GSやろうぜ!
チャージ500円+オーダー
*なんとハギリョウ。GSやります(爆)

♬11月24日(土)18:30〜
新宿GOLDEN EGGS
合言葉はLIVE!vol.45 〜ねぇねぇイチロウ、この中でROCKが一番似合う大人って誰?〜
チャージ1000円+ワンドリンク
*この企画2度目の出演です。

ご興味、お時間ありましたら是非!
詳細はまた間近になりましたらこちらで追って更新します。
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# by hagiryohagiryo | 2018-10-29 15:40 | LIVE情報 | Trackback | Comments(0)

はじめに〜
(何かに対して疑問や不満、怒りやマイナスな感情が湧いても敢えて自分の意見を言ったりしないよう気をつけている。気になるくらいなら関わらなければいい、反応したら同じ貉、その時点で自分の負け、と思うようにしているので今回の投稿は僕の負け〜勝ち負けなんかそもそもないのだけど〜なのかもしれませんが)

あった出来事。
思った事。
書きます。

昨日ライブで演奏中、突然関係のない方が客席で僕らの演奏に合わせて勝手に楽器を吹き始めた。
ついにはステージにまで上がってきて間奏で僕のマイクを奪って楽器ソロを吹き始めた。

手拍子や掛け声、多少騒ぐなら構わないが個人的に此方が演奏している最中は基本聴いていてほしいのでステージにまで上がられた時はさすがにいろいろな動揺が生じた。正直、怒りが収まらなかった。

それでも冒頭に()の中で書いたように心落ち着かせ関わらないようにしたのだけどあとで映像見返したら僕の顔に笑顔はなかった。

いろいろな立場や状況を咄嗟に判断してみんな盛り上がり楽しんでるその場の雰囲気を壊したくなかったので無表情のまま乱入者に、〝ナイス!サンキュー!〝、とまで、心にも思っていない事をMCしたのだけど僕には100%怒りしかなかった。

若い頃、緊張感のあったライブハウスで緊張感マックスで演奏中に普通に聞こえるよな声でおしゃべりを始めた、どうせ付き合いで観に来てただけの音楽なんか興味もないだろう共演者の客に対して演奏をストップして怒鳴りつけた事も何度もあったのに。

それから30余年、感情をぶちまける事もなくその場を取り繕う自分に、〝トシとってクソつまらない人間になっちまったもんだ〝、と自己嫌悪に陥りながらも表向きは平静を装い、ステージをそのまま続けた。乱入してきた方はまだステージの端にいるまま。

とにかくいろいろな現状、状況から、冷静に最後まで何事もなくステージを終わらせる事だけを複雑な怒り焦り抱えたまま最後の曲を演奏する直前、乱入してきた方がキーボードの上に飲み物を置いた。
〝楽器の上にだけは絶対飲み物を載せないで下さい!〝、と我がメンバーのキーボードが冷静に対応してキチンと言った。

そして僕は最後の曲の中の、〝怒り、焦り、悲しみっぱなし〝、というフレーズを感情たっぷりに唄い上げステージは終了した。

ステージ後、我がキーボードが言った、〝やっぱり楽器は大切なんだし。大事に扱ってもらわないと〝、というコトバに僕の複雑な感情は一気に晴れ、〝あぁ。またこの、こんな想いを持ってるメンバーと一緒に演れてるんだな!サイコーッ〝、とライブを終えた。
とにかくコレが救いで嬉しかった。


自分の今回の我慢した対応も怒りも全くつまらねぇ人間のやる事だ。


僕はハタチからずっと緊張感のある場所で音楽をやってきたし自分もその中で緊張感を持ちやってきた、と自負してる。

一旦音楽をやめ、しばらくしてから再び音楽活動を始めてまず面食らってしまったのはお客さんや共演者の振る舞いだった。
まるでカラオケBOXに楽器持ち込み、他の人が歌ってる最中に次は何を歌おうか検索して適当に合いの手入れ自分の出番を騒いで待ってるようだった。
もちろんちゃんと聴いてくれる人も沢山いたけど。

それでも僕は、〝聴いちゃくれない人をも振り向かすくらいの表現をすればいいだけの事なのだ。まだまだだなんだよ、自分〝、と言い聞かせてずっとやってきたけれどね。

別におしゃべりしようが興味ないとかでも構わないけど。

こんな事書くと僕に対する様々な事にも今後影響するだろうし、いろいろな誤解を招くであろうし敬遠されるのも充分承知の上でこのまま、後味悪いまま敢えて此処で終わらせておきますけど。


キチンと対応すればいいだけのこと。

まだまだ全然棄てたもんじゃないし。










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# by hagiryohagiryo | 2018-09-23 15:16 | LIVE後記 | Trackback | Comments(0)

30年前(正確には32,3年前)、よく利用していたスタジオに30年ぶりに当時よく一緒に利用していたメンバーと集い、そしてそのスタジオが30年の歴史に幕を下ろす事になった今日、再び30年前のメンバーと集い30年前と変わらぬリハをした。
バブル真っ盛りの30年前。バンドブーム前夜。
僕はあるバンドの手伝いをしていたのだけど当時のバンドのノリ、バンドを取り巻く環境全てについていけてなくて並行してソロ活動を始め渋谷のとあるライブハウスに出るようになった。
そのライブハウスは基本弾き語りでバンドブームとも無縁の、落ち着いていて且つ、真剣勝負な、当時としては緊張感のある場所でかえって僕には居心地が良かった。

場所も渋谷の、当時の浮かれた喧騒とはほど遠く唯一、時が止まったような区域にあってスタジオもちょうどライブハウスの真裏にあり基本、個人レッスン用のスタジオなので浮かれ騒いだ派手なバンド連中にも会わず落ち着いて利用できた空間だった。

そして30年。
時が止まった区域にも開発がおよび、ライブハウスもなくなり(移転して営業中)、そして30年ぶりに集えたスタジオもなくなる事となった。

最後の、〝渋谷と自分を辛うじて繋ぎ止めてくれていた〝、存在だったそのスタジオに再度、30年前のメンバーで集まれた今日、もうほんとに渋谷には用はなくなった。

年寄りみたいだけど古き良き想い出は永遠だ。
さよなら渋谷。
ありがとう。スタジオレッツ。

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# by hagiryohagiryo | 2018-09-15 16:13 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

9月1日。
ひと昔前は学校の二学期が始まる日だった。

そんな34年前の今日、教師を目指していた中学時代の親友が心不全で天国へ旅立った。その一週間くらい前に突然TELをもらい久々に地元の喫茶店で再会しお互いの近況など話した矢先の出来事だったからショックだった。

彼とは中学で出会った。
彼はお坊っちゃんで学校でも常に成績優秀だった。
かたや僕は学校では問題児で成績も最下位だった。

だけど彼は一風変わり者でもあった。
成績優秀で変わり者な分、ある意味学校では有名人だった。
かたや僕は悪い連中ともツルんでいたけどいわゆる真面目な秀才連中とも普通に付き合っていた。

中学二年で彼と同じクラスになった。
そこから〝ある意味学校で有名人だった〝彼と僕の付き合いは始まった。

僕は彼をバンドのヴォーカルとして誘った。
彼は音程のとれないいわゆる音痴だったけれど僕も全く楽器というものが弾けなかった。
だけどバンドをやりたいから彼を誘った。

そんなある日、成績優秀で有名校に進学がほぼ約束された彼が〝音楽でバンドで生きて行く〝と学校に宣言した。
かたや僕は成績も最下位、進学などハナから考えずバンドで生きて行く!などと相変わらずだった。

最終的に彼は有名校に、僕は周りに流され仕方なく定時制に進みバンドは学校卒業とともに解散した。

卒業してからもたまに地元で会ったり映画に行ったりコンサートに行ったりした。最後に一緒に行ったコンサートは甲斐バンドの新宿副都心(今の都庁)で行われたBIG GIGという野外コンサートだった。
あの暑い夏が彼との最後の夏になろうとは。

その翌年。
もうすぐ学校が始まる新学期直前、有名国立大学に通って教師を目指してた彼からTELをもらい一年ぶりに地元で再会したのが彼との本当の最後の日になった。

彼の人柄が反映され沢山の方々が参列した、まだ残暑が続く中での葬儀で僕は友人代表として弔辞を読んだ。
慣れない喪服が汗びっしょりになる暑い日だった。

彼を送り出す時、中学時代一緒に演奏したバンドのテープを遺族の意向で流した。
それから何日かして彼の思い出を綴った文集が配られお墓が決まったと記されていたけどしばらくはまだ彼の死が受け入れられなかった。

そんなある日、御遺族から彼の遺したギターを受け取ってほしい、と中学時代に彼が地元の質屋で買った、当時バンド時代にも使用してたギターを形見として引き取った。そのギターを持って出ていたライブハウスに彼のご両親を招待した時やっと彼の死を受け入れられるようになった。

彼と出会って彼がいなくなって約30年後、中学時代のバンドを再始動させて地元のイベントに出る事になり彼のお母様をご招待した。
彼の代わりにヴォーカルを担当した同級生は彼とももちろん旧知の仲、しっかり彼の代役を果たした。

彼がいなくなってから御墓参りは毎年この9月1日に行っていたのだけど、そんな30年目の雨の中いつものように命日に御墓参りに行きいつものように写真を撮ったら写真が一枚も残っていなかった。

〝もう大丈夫だよ〝というメッセージのような気がしてそれからは行ける年に行く事にした。

今年は土曜だったし仕事も休みだったけれど行かなかった。

仏さんの負担にならぬように。

俺はまだまだ相変わらずだ。
そんな本日はギターを弾いた。

暑い夏もまもなく終わるよ。

53、だぜ。全く。

またな。気が向いたら。会いたくなったら気まぐれに墓参り行くよ。


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# by hagiryohagiryo | 2018-09-01 20:03 | 日記 | Trackback | Comments(0)