高井つよしと坂井ライ 1か月後のLIVE観戦記。

ずっとずっと書こう書こう、と思いながら丁度1ヶ月前の2月9日碑文谷アピア40で行われた、正にノンタイトルデスマッチ、80年代渋谷アピアフォーエヴァーなLIVE、高井つよしと坂井ライ(他やーまん、とくやけいいち、共演)の正に、”観戦記”、です。

高井つよし坂井ライ。2人はともに80年代初めから渋谷アピアで活動していて、そして今現在も休む事無く継続し、走り続けている両巨頭、だ。

僕が85,6年頃、渋谷アピアにオーディションを受けに行ったその日、最初に出会ったのがリハーサル中だった火取ゆきバンドでギターを弾いていた坂井ライ、だった。以前の回想でも記したが当時僕はパンク系、ビート系のバンドを手伝っていた関係で?普段からアイライン入れたりしていて(苦笑)今以上におバカな出で立ちだったので坂井ライはパッと見、そんな僕に興味もないんだろうなあ、という感じにみえたのだが僕のオーディションを聴いていてくれ、直後にニコニコしながら、”ジョニーサンダース、みたいだね!”、と意外にも話しかけてきてくれた(当時殆ど洋楽を聴いた事がなかった僕はジョニーサンダースが誰なのか判らなかったけど!)
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@当時のおバカな?私。


以降、彼とは同い年という事もあり、当時洋楽を一生懸命勉強していた僕にとって坂井ライは正に、”頼れる先生”、だった。
そしてその後も彼の後釜として何故か(苦笑)僕が火取ゆきバンドの2代目ギタリストに抜擢されたり、彼とレーベルを立ち上げレコードを出したり、そのキャンペーンで当時はまだ今と違って数奇な?好奇な?目で扱われたストリートパフォーマンスで名古屋などに唄いにいったりした時や、僕が音楽から遠ざかっていた時も常に連絡をくれて、そして僕が活動再開する際も力になってくれて今も見守ってくれて僕にとっては無くてはならない存在、だ。
音楽に関してはずぶの素人同然の僕に対して(勿論僕以外にも)も真っ直ぐ、真剣に偉ぶる事無く常に接する彼の姿は正に、人柄、本人、だ。
僕はそんな彼に時に甘え、つっかかり喧嘩ふっかけたり(苦笑)しながらも、そんなタチの悪い僕にずっと付き合ってくれ、気にかけてくれて今もなお大親友でいてくれる、おおきな存在、だ。
昔、名古屋で僕が一方的に喧嘩を吹っかけた時も、昨年僕が家庭の事で挫けそうになった時も、叱咤激励してくれた。こんな存在、いない。

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@坂井ライ最新アルバム、渾心。


そしてその坂井の後釜として何故か?(苦笑)火取ゆきサンのバックでギターを弾くようになり昼間アピアでそのバンドのリハーサルをして帰る頃、よく入れ違いで会っていたのが、当時はワンマンで、”高井つよしと白痴の風”、名義でLIVEをしていた高井つよし、だった。
他にも絶対入れ違いで沢山の出演者達に会ってる筈、なのに何故か彼と会った事しか思い出せない。
当時彼は黒い帽子、黒いコート(衣装)、口ひげ、と兎に角全身黒ずくめの印象、だった。

或る日88年頃、僕は日吉のとあるファミリーレストランで深夜アルバイトをしていて突然そこに客として高井つよしが現れた事があった。
アピアで何度もすれ違いながら特にお互い会話もなく、一方的に僕がその存在感に圧倒されながらも当時はまだまだ僕もガキで若かったし、前出の上記の写真のような出で立ちでトンガっていたし(笑)で、兎に角こちらが一方的に知っているだけ、の関係だったので彼のテーブルのオーダーも食事もお替りのコーヒーも全て僕が担当しつつも彼だけが気づかなかった、のでした(苦笑)
そんな事がありながら翌年の89年頃、確か美穂子ちゃん(当時のアピア出演者)あたりから、”今ピンクのブタ(昔モトスミにあったアピアの支店的?存在の飲み屋さん)に皆集まってるからおいでよ~”、と電話を貰い行ってみると当時の渋谷アピアの濃い~メンツ達、(小池、三原クン、くぼサン、みらん、美穂子ちゃん、火取サン、筒井、その他大勢、そして勿論マスター&ママも)が勢ぞろいしていて(爆笑)、勿論?!高井つよしも来ていて、そこで初めて彼と会話を交わしたのだった。
彼は、僕が坂井と一緒にレーベルを立ち上げレコードを出してる事を知っていてくれて、その圧倒的な存在感とは裏腹に?こんな年下の僕に対しても物凄く丁寧な言葉使いで接してくれてジェントルマンだった。
ファミリーレストランでの事を話すと驚いたように、”気づかずに申し訳なかった”、と丁寧に詫びられて、モトスミと日吉、という事もあってか一気に身近に感じたのでした。
それ以降、暫く会わなくても何かと、”萩原クン”、と声を掛けて貰い、こちらがとっくに忘れかけているような事もキチンと憶えていてくれていて、今もなお絶妙なスタンス、距離感でいつもいつも気を遣ってくれている正に、ジェントルマン、とは彼の事だ。そんな彼の事をついつい僕は年下のクセして、”高井クン、高井クン”、と呼んでしまう。
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@高井つよしin綱島ナマックカフェ。


高井つよし、坂井ライ。この年齢も違えば、タイプも違う?この2人。実は誕生日が同じ10月23日、なのだ!なんだか、凄い。
この2人が、碑文谷アピア40で共演する!(した)。なんだか自分のLIVEより興奮した。このの2人なくして今の僕はあり得ない。

そのアピア史上、もっとも重要なLIVEを僕は映像として残す事ができた。それがリポートだ、と。

@この歴史的な日にこのようなタイプの曲でオープニングを飾った彼の姿勢が、僕は個人的にも嬉しかったのだ!

@アルバム、渾心、より。この日彼は体調も声の調子もイマイチだったらしいのだが、そんな自分の事もちゃんと受け入れていた。こんな曲をこんなパフォーマンスで出来るのは正に唯一無二、彼だけ、だ。

この日のLIVEを観れなかった人たちのために、この日の映像は他にも沢山YOUTUBE上にて僕以外にも素晴らしい映像でUPされている方がいますので是非ご覧下さい!


この日僕は自転車で会場に駆け付けた。そしてLIVE終了後、主役の2人と朝までソフトドリンクで乾杯したのでした。
有難う!孤高のロッカー、有難う!渾心のロッカー!
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by hagiryohagiryo | 2013-03-10 11:55 | 音楽 | Trackback | Comments(0)