渋谷駅が無くなる日。モトスミにて。

仕事を済ませ、武蔵中原の馴染みの接骨院へ。次女が体育の時間、走り幅跳びの際、腰を痛めた、というので一緒に診てもらってきた。
自分の腰の具合も接骨院のお陰で大分良くなってきた。

ツイッターにて私の大事な大先輩、高井つよし氏が、”さようなら、おれの青春の渋谷駅”、と呟いてるのをみて、慌てて添付画像をみたら、涙が止まらなくなった。凄く有難う、という言葉しか思い浮かばなかった。

そう、今日は渋谷駅が無くなる日、だった。
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@高井氏のツイートより(勝手に使用お許し下さい)。

改めて、幼い頃から27歳頃までは確実に生活の1部だった渋谷駅が無くなる。
今となっては殆ど用事はない。

高井氏は、”おれたちはかわらずにいよう”、と。
渋谷アピア。この駅無くして語れない。高井氏とこの渋谷で出会い、高井氏と何度渋谷で会った事、か。


小、中学と同級生だった、JヰJ、から、”しっかりこの目に焼き付けてきた”、と呟きが入った。”またひとつ昭和がなくなった”、と。
JヰJと何度一緒に渋谷に行った事、か。何度一緒に通過した事、か。

僕とJヰJの中学時代の友人I氏は東急に就職し、よく彼の運転する渋谷発の電車に乗ったものだ。そして彼の計らいで何度か渋谷からモトスミまで顔パス、にしてもらったりも、した。


モトスミにあった渋谷アピアの支店的存在、”ピンクのブタ”、の常連さん、”クマさん”、はモトスミ車輛区に勤めていて、くぼサン(現、灯心竹根)、僕、と3人で渋谷に、”ムルギーカレー”、を食べに行った。当時はまだ老夫婦が健在だった。

その時もクマさんの計らいで渋谷~モトスミまで顔パス、だった。



僕は混雑を予想して1週間前の土曜日、モトスミの5時始発に乗って一足お先に渋谷にはサヨナラ、した。




今更、”やっぱり行けばよかった”、とも、”もっとしっかり映像に収めてくれば良かった”、とも。


日付が変わった16日、タモリ倶楽部渋谷駅特集をやっていてモトスミ車輌区からスタートだった。行先表示に懐かしの桜木町が特別に表示され、また泣いた。

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その直後、アピアモトスミ、での親分的存在、テケタ氏からもツイッター経由で連絡を貰い、泣けて仕方なかった。

夜中のニュースでは最後の渋谷駅の喧騒がひっきりなしに映し出されていた。



結局渋谷駅最後の日、僕はモトスミから一歩も出れなかった。

結局渋谷駅最後の日、僕はモトスミで1人ずっと泣いていた。

3月16日、渋谷駅は無くなった。
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by hagiryohagiryo | 2013-03-16 13:11 | 日記 | Trackback | Comments(0)